乳歯(#k)の根管治療①

患者は6歳男児。

左下第2乳臼歯(Universal Numberでは#k)の冷刺激に対する持続的な痛みが主訴で来院した。

その週の週末が誕生日なのでそれまでに治したいというのが母親の希望である。

頬側の歯肉にはSinus Tractがあり、失活している可能性を想像させる。

歯髄診査を行うと

Cold++ 2/23s (Pulperを当てて2秒で反応し、痛みが23秒続く)状態であり、打診痛も認められた。

ポケットはsinus tract部位から根分岐部にかけてかなり深いが歯牙の動揺はない。

ただしこのsinus tract部位を綿棒で抑えると痛みがかなり強いせいか、顔を背けて痛いと訴えた。圧痛がかなりある。

またPAでは根分岐部に病変が認められた。

診断は

Pulp: (Partial) Necrosis

Periapical tissues: Chronic apical abscess

とし、根管治療もしくは抜歯を提案した。

Coldに反応しながらも(Partial) Necrosisとした理由は、

下顎の乳臼歯は側枝の存在率が非常に高く、

分岐部に存在する副根管を通じて同部の壊死歯髄が病因となり、分岐部病変を作る頻度が高いとされているからである。

歯髄壊死=神経の完全なる壊死ではないので、麻酔は必須である。

歯内療法において麻酔のない治療は拷問であり、21世紀の治療とは言えない。

当院に来られる患者さんの大部分の方が、治療の時に痛みが酷くて中断してしまったとか、あんなことをするくらいなら抜いた方がマシだとか・・・歯内療法専門医としてこれほど残念なことはないと考える。

いずれにしても私はこのHot toothの歯を持つ男児に麻酔を行わなければならない。

小児の患者で協力児であるというのはまずありえない。

なんとかわかるように話をして表面麻酔の塗布までこぎつけ、さて麻酔という時点でまたしても嫌だ嫌だと騒いでしまう。

母親にこの時のみは横についてもらい、下顎孔伝達麻酔を行なった。

すると不思議なことに、全く痛くなかった!と喜んでいた。

私もいつも感じるが、根尖部に麻酔を行うよりも下顎孔伝達麻酔の方がどう考えても疼痛が少ない気がする。

麻痺を恐れる人もいるが、麻酔をすればどんな種類の麻酔を行なってもそのリスクは避けられない。

下顎孔伝達麻酔をしたからといって特別に麻痺のリスクが高まることはエビデンス的にはないのだ。

しかも麻酔による麻痺の原因は未だ不明である。(麻痺は通常、出たとしてもtransientである。)

この点はインフォームドコンセント時にしっかり説明しておく必要がある。

というわけで、Inferior Alveolar Nerve Blockを1本行い、ラバーダムを装着し、アクセス窩洞形成をおこなったが、露髄時に痛みがあった。

するとびっくり、壊死していると考えていていた髄腔内からは大量の出血が現れてきた。

不可逆性歯髄炎だったのである。

私は何本この男児に麻酔を打つことが許されるのかも考えなくてはならなくなってきた。

日本で使用される代表的な歯科麻酔のカートリッジは通常2%のキシロカイン(エピネフリン1:80,000)1.8mLである。

1%=1/100であり、

1L=1000mL, 1g=100mgであるから

1/10=mg/mL

1/100=10mg/mL

∴ 2%のキシロカイン1.8mL中のキシロカインの質量は

2%=20mg/mL, 1.8×20=36mg

キシロカインのmax doseは4.4mg/kgであるので、この男児の体重は18kgであることから、

4.4×18=79.2mgのキシロカインをmaxで使用できる。

従って使用できるキシロカインは79.2÷36=2.2CTとなる。

ただしエピネフリンフリーの場合だ。

ここで使用できるエピネフリンの量も考慮すると、

1%=1/100=10mg/mL

1/80,000=1/80mg/mL

1.8mL中には1.8/80=0.0225mgのエピネフリンが存在する。

1回の治療で使用できるエピネフリンの最大量は

Healthy patients 0.2 mg, Cardiovascular patient 0.04 mgであることから

ASA1のこの男児には最大 エピネフリン1:80,000は8CT使用できることとなるが、キシロカインの最大量が2.2CTであるのでやはりmax2本しか使用できない。

つまり次の1本が効かなければ毒性を超えてしまう。

私はもう1本、IANBを追加した。

すると痛みはなくなり、この状況から天蓋除去及びコロナルフレア形成を行うことが可能になった。

しかしながら出血はなかなか治らない。

根管長測定器(Root ZX)を用いたものの、根管口にファイルを挿入しただけでApexを振り切れてピーピーと鳴ってしまう。

乳歯の根管は根尖部において弯曲が強い。また歯根も近心部では特に薄くStripping perforationが起こりやすい。

また乳歯の歯根は後続永久歯の成長に関わっているため、特に根尖部は触れるべきではないという考えがある。(根尖部よりも1~2mmの位置で根管形成を終了すべき)

しかし、問題はその長さを実際どうやって計測するのだろうか?、だ。

しかも私の場合は、Root ZXが振り切れてしまっている。

乳歯におけるRoot ZXの研究はほとんどなく、しかもIn vitroが2本、その他は全身麻酔下でのstudyであった。

乳歯の抜去歯牙(Freshとだけ記載があり、根尖部の吸収度合いや歯種に関しては記載がない)の長さをまず測り、その後アルジネートの中に埋め込みRoot ZXで0.5の部分で長さを測定し、レントゲンを撮影しレントゲン上でも長さを撮影しているIn vitroの研究である。

結果的には、実際のapical foramenまでの長さとRoot ZXの0.5での長さはほぼ変わりがなかった。レントゲンでの測定は実際の根管よりも長い結果になっている。

しかしながらこの3つには有意差がなかった。

つまり、Root ZXを用いようが、レントゲンを用いようが、根尖部1~2mmを触らないのであれば、どのような方法でも構わない、言い換えればこの論文にもあるように乳歯の根管長測定に関しては、

である。

この論文は、Root ZXは根尖部が吸収してあっても正確に測定することができるという話の際によく引用される論文であると承知しているが、(この実験に用いられている乳歯には根吸収の正確な記載はないが、乳歯とは少なからず程度の差があれ吸収は起こしているはずという推測からこの結論を導いている)よく読むとこれでは納得ができないし、何より私は測れていないではないか。。。

したがって私はレントゲンでの根吸収の度合い(全くないと思われる)とレントゲン上絵の長さを計測し、それを作業長と考えた。

ちなみに、下顎第2乳臼歯の平均的なApexまでの長さはSalma 1992によれば、

MB 15.8 mm, ML 14.4 mm, DB 14.9 mm, DL14.9 mmであるとされている。

ということで私は作業長を13mm程度に設定させていただき、ProTaper Goldで根管形成を行なった。

形成中、出血はついに止まることがなかった。ヒポクロの使用も考えたが、

AMERICAN ACADEMY OF PEDIATRIC DENTISTRYの2014年のガイドラインでは

1%なら使用可能でも根尖部から出してはいけないとあり、根管洗浄を行う上で根尖部からの薬液の溢出は避けられないリスクであること、それによるヒポクロショックを発生させたくないという配慮、2% CHXと5.25% ヒポクロの抗菌効果は同等であることなどから、私は2% CHXを使用した為、止血を十二分に行うことができず、また顕微鏡下で根管の内部に明らかに分岐部方向に歯髄が存在していることが確認されたため、ProTaper GoldのF3で根管形成を終了し2% CHXで根管の内部をとにかくしつこく洗浄して多少の出血はあったものの、根管充填を行うこととした。

乳歯の根充に関しては、乳歯がやがて抜け落ちることからも、吸収されないようなガッタパーチャの使用は不可能である為、

歯根吸収よりも少し前まで根管の中にとどまってくれてやがて吸収を受けるような、そのような材料が理想的であるとされている。

では乳歯の根充に適した根管充填剤は何だろうか?

ずばり、ビタペックスである。

水溶性のCa(OH)₂製剤はCa(OH)₂が歯根吸収よりもかなり前に枯渇し吸収される為、乳歯の根充剤として不向きである。

従って、Vitapexのようなヨードを含む油性の材料が適している。

これらは溶解性が低いのでCa(OH)₂が枯渇するのに時間がかかるので吸収されにくいし、なによりその組成の30 %が Ca(OH)₂, 40.4 %がヨード, 22.4 % がシリコンオイルと言われているため、根管の中に長期で残存してくれる。

また、レントゲン透過性があり根尖部から溢出しても乳歯の場合、1~2週間で吸収される。(成人だと吸収を受けない例をよく見るが・・・)

 

しかし、興味深いのはCa(OH)₂製剤であるにもかかわらず、抗菌効果がPrevotellaを除くほとんどの細菌群に対して期待できない可能性があるという点である。

さらにまた興味深いのは、そうであったとしても臨床的なVitapexを用いた乳歯の根管治療の成功率が90~100%と高い点である。

私はVitapexを根充して その上部にグラスアイオノマー、そしてその上部にコンポジットレジンを充填して治療を終了した。

治療後1週間・・・

痛みは消失し、Sinus Tractも消失したのである。

さてこれで一件落着?というわけにはいかない。

治療はうまくいかない可能性もあるし、経過を追っていかなければならないが何に注意する必要性がるのかにも言及しなければならない。いわゆる予後に対する見通しを説明する必要がある。

次回はそれに関して言及したいと思う。