One year has passed…

USCを卒業し、日本へ戻り歯内療法専門の歯科医院を開業して1年が経った。

USC時代の仲間の先生からお花が届いたので何だろう・・・と思ってああそうだったか!と気付かされた。素敵なお花をありがとうございました。

1年はまさにあっという間だったけれども、保険診療が主体の日本国で自由診療だけで、しかも歯科診療の中で重要であると誰もに認識されているにもかかわらず保険制度の中では不採算部門と言われる歯内療法のみを行う歯科医院、しかも東京ならいざ知らず福岡という地方都市での開業はまさに波乱の連続であった。

開業前・留学中に前医院の売却。

留学の資金は底を尽き、銀行に融資へ赴くも業績が悪いと却下(それ以前の業績は何ら勘案されない)。

このような状況で歯内療法のみでやれるのかという不安に苛まれ、私は勧められるままに福岡市南区の長住にある居抜きの病院を紹介され、そこで診療するという形に落ち着いたのだった。

この時の私の最大の問題は、理想を押し通す(エンドのみで診療する)こととそれを継続するだけの資金力を確保できるか?ということだった。

” お金がなくても俺から頭や技術は取れない。排水の陣、いや水中の陣という気持ちで意地を見せてやる”

と意気込むものの、南区・長住という場所は、地域との融合・調和を求められる場所である(というのは福岡県出身でもなく、長住に縁もゆかりもない私が開業後に様々な方にアドバイスされて気づいたことである)し、紹介したいんだけど遠いんだよね(と言われていたことを本人は知らなかった)という言葉に翻弄された当初の3ヶ月だった。

私が移転を決断したのは2016年の12月の年末に近い時期だったと思う。

その日は雨で、週末で、私を何とか盛り上げようとしてくださる、鹿児島の大きな医療法人の理事長の先生とインディアナ大学に留学してエンドだけで開業している特異な私のオフィスを見学しに来てくれた長崎大学の後輩が来た時のことだった。

博多に移動しようとしたが、全くタクシーが捕まらない。数十件電話してもタクシーが来ないのだ。。。

我々は何と、西鉄バスで博多まで移動したのだ。。。

恥をかくのは構わないけれども、やはり人に迷惑をかけるのはダメだ。

そこから私の頭は博多移転に舵を切った。

いろいろな方にアドバイスをいただいたが、私は決めたら動かない。

そうだと思ったら必ずやる。やって後悔する方がやらないで後悔するよりマシだからだし、何より長住でも数カ月でもそれでも私を頼ってきてくださった患者さん、紹介してくださった歯科医師の方々がいるのだ。博多ならもっとうまくいくはずだ。。。実際、移転費用は100万もかからなかった。

そして実際、今、紹介は飛躍的に増えた。患者さんも増えた。

やはり、専門医は利便性の良い場所にオフィスを構えないとやっていけない。

これも私がやって初めてわかったことである。

いかがだろうか?1年といえどもいろいろなことがあったのだ。

しかし、今後このような向こう見ずな開業をする方がいらっしゃれば私は以下のことをアドバイスしよう。

1. 東京・もしくはその近郊でやること。これが成功への短距離。

2. 地方都市でやる場合、駅近くに限る。また軌道にのるのに一定の時間がかかる。それまで忍耐できる体力があるか自問自答すること。それを縮めるのは研修会やセミナーを自分でやることしかない。

3. ぶれない自分を作ること(海外の大学院に行くなり、日本のCEコースでも何でもいい。自分に自信がない専門医に患者はついてこないし、歯科医師の方は紹介しない。)

私は今、誰か世界的に有名で偉い先生がAAEやエンドのシンポジウムで講演しても自分の歯内療法に対する哲学は変わらない。

私は私を作り上げるのに相当なる時間と費用を費やし、今がある。

それが高々数時間の誰かのプレゼンテーションで自分が変わることなどありえないのだ。

民進党から希望の党へ移った国会議員と同じで、どんだけ自分がないんだ、という話になる。

参考にできる考えはあるだろう。

しかし、私は何か特定の基準や価値観で私を判断されることを、もはや拒絶する。

もう自分はそのような段階にないと思っているからだ。

日本に帰ってから、いわゆる日本の歯科雑誌も全く目を通してないから今何が流行りで何が注目されているのか?わからないが、地方には雑誌でのっているようなそんな臨床は起きない。

もっと泥臭いのだ。

私はこれからも地域医療と地域の歯科医師の先生のお役に立てれることだけを生きがいとして、自分の次なる人生の目標であるABE Board certified Endodontistを目指そうと改めて決意した1周年の夜であった。